大人のヲタ活記録日記

年季の入ったオタクのブログ。オタ活を楽しむ日常の事、一次創作、二次創作イラストの保存、漫画の感想など。

後編 二次創作小説 漂生存ifの蕞の話(完結)

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「お前顔色悪いぞ。大丈夫か?」

六日目の今日の戦いがやっと終わり、信は漂に話しかけた。
「何ともない。気にするな」
漂はそう答えたが、どう見ても大丈夫そうには見えない。

心配そうに漂の顔を覗き込んでいる信のところに、貂と昌文君も気がついて近づいてきた。
「俺達も寝てないけど、漂は一人二役だったからな。精神的な疲れも大きいと思う」
貂も心配している。

「漂が昨日の夜、大王様の代わりに民兵達のところを回ってくれたおかげで、辛うじて士気が保たれているのもある。ここにいる全員が本当に助かっているが・・・疲労が重なるとお前の体も心配だな」
昌文君も気がついてはいたようだ。
しかし、民兵達も限界な事を考えると、やはり漂の働きは大きい。
「明日はもうやらなくていい」と言ってやりたい気持ちと、それで勝てるのかという気持ちが、心の中でせめぎ合う。
「とにかく今だけでも、少しでも横になって」
貂がそう言って、漂が横になれるように場所をあけた。
夜にはまた民兵達の所を回るとしても、今は少しだけ時間がある。

 

 

「大王様!」
皆が集まっている所に、政が入ってきた。
「お体の方は・・・」
昌文君がすぐに側に飛んで行った。
「俺は大丈夫だ。おそらく血液量も少しずつ戻ってきていると思う。漂は大丈夫か?」
漂が昨夜は自分の代わりに民兵達のところを回っていて、今日はまた過酷な戦いに出ているという事、それによって体力の限界がきているらしいという事は政も気にしていた。

「起き上がらなくていい。民兵達のところを回るのは、本来なら俺がやるつもりだった事だ。お前には大きな負担をかけている」
政の姿を見て起きあがろうとした漂を、政が止めた。
「今日はもう回らなくていい」
「そういうわけには・・・」
「戦場でもお前の力は必要だ。今晩だけでもゆっくり休んでくれ」
「わかりました。大王様。ではお言葉に甘えてそうさせていただきます」

ここまで疲れているとは、漂は自分でも気がついていなかった。
大王嬴政として、民兵達を鼓舞して回る精神的重圧、その後に来る戦いの疲れ。
話すのすら辛そうなのが、見ていてわかる。
漂は、政の言葉に答えた後すぐに目を閉じた。
眠ったのか気を失ったのか分からないような状態だった。

「信。お前も相当怪我が酷いな」
「今から手当てするから、そこ座って」
貂が、塗り薬と包帯を用意している。
「他にも怪我してる人はこっち来て」

信は、自分の怪我の手当てを受けながらも、眠っている漂の方を心配そうに見ている。
その横に、政が腰をおろした。
信は、隣に座った政の方を向いて話しかける。
「漂の疲れはおそらく限界だ。でもそれだったら俺だけでも戦う。漂の分まで。とにかくやるしかねぇ」
「お前にも無理をさせるが・・・頼んだぞ。信」
「任しとけって。俺はお前の剣だ。絶対に折れねぇ。漂だって同じだ。政。お前にとってこの戦は、中華統一を邪魔する最初の障害にすぎねぇんだろ。お前はこれを乗り越えて、中華統一への道を進める。俺と漂も二人とも生き残って、必ず天下の大将軍になる」
「頼もしいな。信」
「お前もここで寝んのか?」
「ああ。そうさせてもらう」
政は、城壁にもたれて信の隣の床に座っている。

 

 


「やっとここまできたんだな。俺達は」
ふと、遠くを見るような目をして信が言った。
「そうだな。王都奪還のあの戦いの時から、あっという間だったな。俺は普段王宮の中に居て、お前や漂の戦いは見ていない。今回初めて見る事になって、お前達がどれだけ強くなったのか分かった」
「俺も漂も、まだまだ強くなるぜ。天下の大将軍まではまだ遠いからな。お前も中華統一まで、しっかりやれよ。政」
「ああ。分かっている」
二人は拳を合わせ、甲冑を身につけたお互いの胸をドンと叩き合った。

秦国の大王である政との間で、こんなに親しく会話する人間は信の他には居ない。
たとえ将軍であっても、大王に対して気安く話しかけるなどありえない。
昌文君や壁は、もうこの光景に慣れてしまって何とも思わなくなっているけれど、本当は大変な事だった。
今周りにいる、これを初めて見た兵士達や民兵達は、ハラハラしながら見守っている。
当の二人は周りの事などお構いなしに、同世代の友人同士の気安さで話し、笑い合っている。
漂もまた、どんなに体力が限界といっても大王の前なのに、とくに緊張感も無いようで安心しきってよく眠っている。

この三人の間にある特別な空気感。
けれどそれは、周りを不快にさせるようなものではなかった。
最初は「いいのかこれ?」という感じて見ていた兵士達も、だんだん表情が穏やかになってきた。
いつのまにか三人の事を、微笑ましく思い、見守っている。

 

ここには他の者も大勢いるから言えないが、信、政、漂、昌文君だけが知っている、一つの切り札があった。
山の民の援軍。
援軍を頼みに行った時、楊端和は不在だった。
一応使者を送って伝えるとは言ってくれたが、本当かどうか・・・
たとえ本当に伝えてくれたとしても、自分の戦を放り出して来てくれるだろうか。
もし来てくれたとしても、最短で計算して、到着までにかかる日数は八日。
それまでこの城が、持ち堪えられるかがあやしい。
はっきり言って不安要素の方が多い。

不確かな情報を皆に与えても、変に期待させてしまい、もし結果的に援軍が来なかったとなると・・・その絶望感は大きく、二度と立て直しは出来ないに違いない。
もう一つ
心配は、情報漏洩だった。
この切り札の事は、敵将李牧に絶対に知られてはならない。
完全に敵の意表を突いた奇襲でなければ意味が無い。

今までは見せかけの夜襲で疲弊させられていたが、ついに敵は見せかけではなく本当に夜襲をかけてきた。
秦国側からすると、敵がここで決めに来ているというのが伝わってくる。
天才軍師である李牧の事なので、こちらの兵力がどこまで削られているか、不眠不休で戦う民兵達の疲労の度合いも計算しているに違いない。

援軍が来なかった場合、来ても間に合わなかった場合は・・・ほとんど秦国に勝ち目は無い。
援軍の事を知っている四人全員が、内心ではそれを分かっていて、けれど口に出す事はしなかった。
言ってしまった途端それが真実になりそうな気がして、ただ奇跡を信じて待ちながら懸命に戦う。

 

援軍は来てくれた。
それも、予想していたより一日早い七日で。
もう一日遅かったら蕞は落とされていた。

敵が退却していく。
奇跡は起きた。
近くで戦っていた漂が、その場の敵を斬り伏せた。
信を振り返る。
「やったな!信」
「俺達の勝ちだ!」
お互いに飛びつくように抱き合い、喜びを分かち合う。

この戦いが始まった日から七日ぶりに、やっと心から安堵できた。
「漂。目の下のクマがすげぇぞ。やっと寝れるな」
「お前もその傷大丈夫か?」
安心すると同時に強烈な疲労感と眠気が襲ってきた。
皆があちこちで喜び騒いでいる。
秦国軍も民兵達も、皆んな泣きながら笑っている。
政の胸にしがみついて泣いていた貂が、顔を上げてこっちを見ている。
昌文君と壁も、笑顔を見せながらこっちに歩いてくる。


ついさっきまでは、城の中が敵兵で埋まって行くのを、ただ見ているしかなかった。
全員の間に絶望感が広がって行った。
もう間もなく、蕞が落ちる。そう確信した兵士達の顔からは、苦痛と諦めの表情が見てとれた。
その中で、援軍の事を知っている四人だけは、違う方向を見ていた。
そして今、この奇跡の瞬間を迎えた。

信は思う。
飛信隊の中で、羌瘣が抜けた穴を見事に埋めてくれたのは紛れもなく漂の活躍だった。

羌瘣から仇討ちの話を聞いた時、それが羌瘣にとってどれほど大切なことか分かっている信は、引き止める事はしなかった。
しっかり終わらせて、また戻ってこいと伝えた。
しかし、蕞での戦いを羌瘣無しで乗り越えるには・・・隊全体としては正直きついと思っていた。

「ここまでこれたのも、お前がいてくれた事は大きい。感謝するぜ。漂」
漂の背中を、バシッと叩いて信は笑顔を見せる。
漂も同じように笑っている。
政は、逞しく成長した二本の剣を眩しそうに眺めていた。